Jalshaのブログ 右方偏向 『虎ノ門ニュース』というインターネット番組を毎日見ている。『虎ノ門ニュース』の定期視聴者になる前は『チャンネル桜』という別の番組を見ていたが、あるときそちらをやめて『虎ノ門ニュース』に乗り換えた。発病する以前の記憶がどうもあいまいなので、正確な日にちがはっきりしないが、1年以上前のことだ。『虎ノ門ニュース』をいまは毎日、朝の8時から10時まで見ている。ただし土曜と日曜は休みなので、「テレビなし... 2019.02.01 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 右旋回 インターネットでは「ネット番組」というものを見ていることが多い。昨日話題にした『虎ノ門ニュース』もそうだし、他に『竹田恒泰チャンネル 2』だの『みやわきチャンネル』だのもそうだ。事情を知っている人には「右偏向した番組ばかりじゃないか」と言わるかもしれない。しかし、そもそも「左偏向」した番組がそんなにないし(ゼロかもしれない)、仮にあっても見ていてそうおもしろそうではないように思う。それでつい「... 2019.02.02 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 対韓国・朝鮮ネタ インターネット・テレビをほとんど唯一の情報源にして考えていると、世間一般とのズレが次第に大きくなる。いまはたまたま韓国が話題だが、むかしから韓国に関してはネガティブな感覚をもっていた。起源をたどると、父親や母親の影響が最初にあったと思われる。学校の先生たちは、私の時代にはまだ中立である人が多かったように思うが、親はすっかり戦前型で、韓国人(あるいは朝鮮人)のやり方に懐疑的だった。いや、懐疑的と... 2019.02.03 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ ウィーンの森のものがたり ヨハン・シュトラウスのワルツを聴いていた。普段はそう聴かないのだが、夢で彼のワルツを評価する音楽家に出会って、「ああ、シュトラウスもいいな」と思って、聴くことにした。こういう音楽は、何の気もなしに聴いて、さまざまの気分になって、それで終わってしまう。その「終わってしまう」ところが何ともいえず「あわれ」である。もっとも「あわれ」と思うのは日本人である私の特性で、ヨーロッパ人はそうではないのかもし... 2019.02.04 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ ウィーンの森のものがたり(2) 19世紀のウィーンの舞踏室で戯れるイメージについて書いた。今日では、オーストリアの貴族や豪商でなくても、ウィーンフィルの演奏会を聴きにいける。行った人たちは、かつての貴族や豪商のようなイメージを持つわけではなく、いかにも現代人的な印象を持つのだろう。たとえば国際的な相場変動についてイメージするかもしれないし、ご贔屓の役者が世の中でどんな風に評価されるかについてかもしれない。あるいはもっと家族内... 2019.02.05 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 好きな音楽 音楽が好きではあるが、もっぱらクラシック音楽で、それ以外のジャンルにはあまり関心がない。しかも、クラシックの中でも、かなり変った作曲家が好きだったりするので、人々と話が合わない。今さら言われても好みは変えられないので、しかたがないとあきらめていただくしかない。 なぜこういう音楽が好きになったかについては、歴史がある。すこし前に話をしたように、はじめはマーラーだのバルトークだのが好きにな... 2019.02.06 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 古典とのつき合い クラシック音楽というのは変った趣味で、100年以上前の音楽を繰り返し聴く。もともとはそんな古い音楽を愛好する趣味ではなかったのだが、19世紀が終わって20世紀になるころからそういう傾向が出てきて、今日ではすっかり常識になってしまった。 これにいくらか似ているのが古典文学で、最新作がもてはやされるとは限らないし、そんなに大量に売れるとも限らない。例を言えば、ソルジェニーツィンなどはまさに... 2019.02.07 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 「縦の関係」「横の関係」「ななめの関係」 2人の子供の間に問題が起こったとする。親(あるいは教師)はその問題を解決しようと考える。そうなると、子供のコミュニケーションに立ち入ることになるだろう。その場合(ここがアドラーの独創なのだが)一方の子供を「良い者」もう一方の子供を「悪者」と決めてとりかかると、最初から設定がズレているので、いくら熱心に介入しても子供の問題は解決しない。そうではなくて、両方の子供が共通の「間違った信念」に陥ってい... 2019.02.08 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 二元論と多元論 ある概念Aと、それに対立する概念Bとがあって、教師が生徒にそのどちらかを選ぶように勧めたとする。生徒は、AもBも気に入らなくて、第三のCを選択すると宣言した。さて、この状況は適切か不適切か、というのが昨日出した問題だ。 概念Aと概念Bは「競合的」と「協力的」なので、それとは関係のない第三の選択肢Cは存在しない、というのがアドラー心理学の基本前提だ。西洋人と話をしていると、これは当然のこ... 2019.02.09 Jalshaのブログ
Jalshaのブログ 二元論と多元論(2) 西洋科学では二元論的論理が主流で、なんでもその型にあてはめて考える癖があること、これにたいして日本(やインド文化圏)では多元論的論理が主流であったことなどについて述べた。日本は開国以来150年になるのだが、いまだに二元論的論理は科学者専用で、一般の民衆は多元論的論理でもって発想するのが普通みたいだ。たとえば、野党勢力(つまり自民党中枢部以外の人々)は、現在も多元論的な論理空間の上で理屈を捏ねよ... 2019.02.10 Jalshaのブログ